名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(ネ)76号 判決 1966年5月04日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴人訴訟代理人は、「(一)、仮に控訴人と被控訴人間に被控訴人主張のとおりの委託契約が成立したものであるとしても、昭和三十二年一月二十日、控訴人が被控訴人の従業員勝山清一、奴間金蔵に十六万円を交付した際、被控訴人主張の買付建玉を直に処分するよう申入れたのであり、右申入れは委託者としての指図であるから、被控訴人は同日直に買付建玉の手仕舞をすべきであつたのに、それをしなかつたのは委託契約違反であるから、同日以後の価格の下落によつて生じた損失は、控訴人が負担すべき理由はない。(二)、右主張が容れられないとしても、被控訴人主張の第二、三回目の委託契約については、被控訴人から控訴人に対して、昭和三十二年一月二十九日付内容証明郵便で、「もしも今週中に御送金なき場合はやむを得ず仕切らせていただきます、又仕切によつて生じた損害は貴殿の証拠金を充当し、尚不足分に対しては御請求申上げます」と通告してよこしたのであり、控訴人は右通告の期限内に送金しなかつたのであるから、第二、三回目の委託契約は右通告の期限の満了によつて、昭和三十二年二月三日に仕切られ、同日現在の建値によつて清算されるべきである。」と述べた。
立証(省略)
被控訴人訴訟代理人は、「(一)、仲買人が委託者から委託手数料、および委託証拠金を受領することを後日に譲り、当初これを徴収しないで売買を受託することは、常に業界において慣行とされておることで、別に異とすべきものではない。また証拠金は、その取引の結果仲買人が委託者に対して取得すべき償権を担保するために預託させるものであつて、仲買人の利益保護を目的とするものに外ならないので、委託契約の成否、効力の有無を決定するものではない。福井人絹取引所の定款、受託契約準則にも、委託者が証拠金を預託しない場合には、当該委託取引を無効とするという規定はなく、受託契約準則第十五条は、委託者は自己の委託した先物売買取引が成立したときは、その翌日正午迄に委託本証拠金を仲買人に預託しなければならない、と規定し、証拠金の預託が取引が成立した後の問題で、取引成立の要件ではないことを明定している。(二)、控訴人が被控訴人に委託買玉の処分を申入れたことは全くない。(三)、被控訴人が控訴人に対してなした通告は、受託契約準則第十九条に定める制裁の予告であり、委託契約解除の意思表示ではない。」と述べた。
立証(省略)
理由
(一)、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第六号証、同第十一号証の三、乙第一、二号証の各一、二、同第三号証、同第四号証の一、二、および原審における証人奴間金蔵、同勝山清一(第一、二回)の各証言、右証人勝山清一(第一回)の証言によつていずれも真正に作成されたと認められる甲第一号証の一、二、同第四号証の一ないし三、同第八、九号証、鑑定人小林侑の鑑定の結果と右証人勝山清一の証言によつて、いずれも控訴人によつて作成名義人下の印が押印されたと認められる甲第二、三号証、および右証人奴間金蔵の証言によつて真正に作成されたと認められる甲第五号証の二、ならびに当審における証人勝山清一、同奴間金蔵の各証言を合わせて考えると、次の事実が認められる。
(1)、被控訴人は福井人絹取引所の会員で、同取引所市場で人絹糸の売買取引を行う仲買人である。昭和三十一年十二月十七日、当時被控訴人の大聖寺に在つた織物工場に勤務していた奴間金蔵が、控訴人から電話で、買付の値段、時期については特別の指定をしないで、昭和三十二年五月限の先物人絹糸十枚(一枚は五百ポンド)の買付を被控訴人に委託することを取次ぐことを依頼されたので、これを被控訴人の担当係員勝山清一に取次いで、委託した。被控訴人は、右委託に基いて昭和三十一年十二月十八日前場一節で昭和三十二年五月限先物十枚を一ポンド二百三十九円九十銭で買付けた。ところで、右勝山清一は、右買付委託について控訴人名をそのまま委託名義人とすると、被控訴人の代表者から、売買の委託を行うことを禁止されている従業員である奴間金蔵が、禁止を免れるために控訴人名義を使用しているのではないかと勘繰られないかと考え、奴間金蔵と連絡のうえ、右買付委託の名義人として「市丸太一郎」という仮名を用いることとした。さらに、その後控訴人から奴間金蔵に対して人絹糸先物買付の委託の取次ぎの依頼があつたが、奴間は、既に控訴人と被控訴人間には買付の委託が行われているので、控訴人が直接委託するよう申入れて取次ぎを断つたので、控訴人が直接電話で前記の被控訴人の担当係員勝山清一に、昭和三十二年五月限の先物二十枚の買付を委託し、被控訴人は右委託に基いて、昭和三十一年十二月二十一日前場一節で昭和三十二年五月限先物十枚を一ポンド二百四十円二十銭で、昭和三十一年十二月二十一日前場二節で昭和三十二年五月限先物十枚を一ポンド二百四十円三十銭で、それぞれ買付けた。
(2)、被控訴人は控訴人に対して、右(1)の各委託に基く買付の成立によつて、控訴人が被控訴人に対して預託すべき預託証拠金合計三十万円(一枚につき一万円)の支払いを再三にわたつて催告したが、控訴人は昭和三十二年一月二十日に内金十六万円を支払つたのみで、その余の支払いをしなかつた。
(3)、被控訴人は控訴人に対して、昭和三十二年五月二十五日発の郵便で、同月二十七日までに前記(1)のとおりの買付建玉の処分についての指図を控訴人がしないときは、同月二十八日の五月限の納会最終節に右買付建玉の手仕舞いをする旨通知したが、控訴人が何も指図をしなかつたので、被控訴人は、福井人絹取引所受託契約準則による委託建玉の処分権限によつて前記(1)の買付た建玉三十枚をいずれもその納会最終節である同月二十八日前場三節に一ポンド百六十三円で売付けて手仕舞いをした。
(4)、前記(1)の買付、右(3)の売付による差損金(買値と売値の差額)は合計百十五万七千円、被控訴人の前記(1)の買付の手数料は十枚についていずれも七千五百円、計二万二千五百円、右(3)の売付についての手数料は十枚について六千二百五十円、計一万八千七百五十円で、手数料は合計四万千二百五十円である。
右のように認められるのであり、原審、および当審における控訴人本人の供述のうち、右(1)、(2)の認定に反する部分は、前掲記の右(1)、(2)の認定にそう各証拠に照して考えるとたやすく信用できず、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。前記(1)に認定したとおり、昭和三十一年十二月十八日に行われた買付の被控訴人に対する委託名義人を市丸太一郎としたのは、勝山清一と奴間金蔵の合意によるものであるが、右のような名義を使用することについて、予め控訴人がこれを明示的にも黙示的にも承諾していたということを認めるに足りる証拠はない。したがつて、右の市丸太一郎という名義を使用したことは控訴人の承諾なくして行われたものといわなければならないが委託者の名義が控訴人の承諾なくして仮名とされたものであつても、前記認定のとおり控訴人が実際に買付の委託の申込をし(奴間金蔵を通じて)、その申込の内容どおりの買付が行われたものである以上、その効果は控訴人について生じたものというべきである。(前掲記の甲第二号証、同第六号証、ならびに原審、および当審における証人勝山清一、同奴間金蔵の各証言を合わせて考えると控訴人はおそくとも昭和三十二年一月二十日には、右の買付委託についてその名義人が市丸太一郎とされたことを承認したことが認められるが、右承認によつて、はじめて右の買付の効果が控訴人について生じたものと考える必要はない。)
(二)、被控訴人はその主張の控訴人からの買付の受託について、福井人絹取引所定款に定める委託証拠金を控訴人から徴していないから、被控訴人主張の買付委託契約は、法律上不成立、または無効であるという控訴人の主張について。
真正に作成されたことに争いのない甲第十一号証の一ないし三によると、福井人絹取引所定款第百三十一条には、仲買人は同取引所受託契約準則に定めるところにしたがつて、売買取引の受託について、担保として委託証拠金を徴しなければならない旨定められていることは控訴人の主張するとおりであり、控訴人が前記(一)の(1)の買付委託について被控訴人に交付すべき委託証拠金合計三十万円のうち、十六万円を昭和三十二年一月二十日に至つて交付したに過ぎないことは、前記(一)の(2)に認定したとおりである。しかしながら、右掲記の甲号証によると、福井人絹取引所受託契約準則第十五条には、委託者はその委託した先物売買取引が成立したときには、その翌日の正午までに委託本証拠金(右準則第十六条によると、委託証拠金には、本証拠金のほかに特別の場合に委託者が委託追証拠金を受託仲買人に預託すべきことが定められており、委託証拠金というのは、委託本証拠金と委託追証拠金の総称と解される)を仲買人に預託しなければならない旨定められているのであり、右の準則の規定の文言によつても、委託者から仲買人に対する委託証拠金の交付は委託契約の成立の要件でも、またその効力発生の要件でもないことは明らかであり、また、委託証拠金が主として受託者たる仲買人が委託者に対して取得すべき債権の担保を目的とするものであるということからみても同様であつて、控訴人の前記の主張は到底採用できない。
(三)、控訴人が被控訴人に支払うべき売買の差損金額は、昭和三十二年一月二十日現在の建値によつて計算されるべきであるという控訴人の主張について、
控訴人は、昭和三十二年一月二十日に控訴人が被控訴人に対して、前記(一)の(1)の各買付委託によつて買付けられた建玉を全部直に処分するよう(売付けするよう)指図したと主張し、原審、および当審における控訴人本人の供述のうちには、右主張の一部にそうような供述があるが、右供述は前掲記の甲第六号証、証人勝山清一、同奴間金蔵の証言等に照らして考えるとたやすく信用できず、昭和三十二年一月二十日に控訴人が被控訴人に支払つた十六万円は、昭和三十一年十二月二十一日に買付けられた二十枚の建玉についての、昭和三十二年一月二十日当時の建値との差損金の支払いとして支払われたものではなく、前記(一)の(2)認定のとおり、買付委託証拠金の預託として支払われたと認められるのであり、他に控訴人主張のような指図が行われたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の前記の主張はその前提を欠くもので採用できない。
(四)、控訴人が被控訴人に支払うべき売買差損金は、昭和三十二年二月三日現在の建値によつて計算されるべきであるという控訴人の主張について、
前掲記の乙第一号証の一、二によると、被控訴人が控訴人に対して、昭和三十二年一月二十九日付郵便で、控訴人が残金をその週のうちに支払わないときには、前記(一)の(1)認定の買付委託に基いて買付けた合計三十枚の建玉を仕切る旨を通知し、右郵便がその頃控訴人に到達したことを認めることができる。そして、右通知記載の期限内に控訴人が被控訴人に対して委託証拠金の残額十四万円の支払い(預託)をしなかつたことは当事者間に争いがない。しかしながら、被控訴人が右通知を行つたことによつて、被控訴人が控訴人に対して、昭和三十二年二月三日に前記の買付委託に基いて買付けた三十枚の建玉を仕切る(売付けを行う)べき法律上の債務を控訴人に対して負つたということはできないし、また買付委託契約および仕切るということの法的性質から考えると、右通知が控訴人の委託証拠金残額の不払いを条件とする買付委託契約解除の意思表示と解することも到底できないから、控訴人の前記の主張は採用できない。
(五)、被控訴人が手仕舞いを昭和三十二年五月二十八日までしなかつたことについては、被控訴人に過失があるから、控訴人には差損金の支払い義務はないという控訴人の主張について、
前掲記の甲第十一号証の三によると、福井人絹取引所の仲買人と売買委託者間の委託契約に関するいわゆる普通契約約款である同取引所受託契約準則第十九条には、委託者が、仲買人が指定した日時までに委託証拠金を預託しないときには、仲買人が、任意に委託建玉の処分をすることができる旨定められているが、右規定は、委託者の委託証拠金預託債務不履行によつて仲買人が損害を蒙ることを防止するために、仲買人に委託建玉の処分権限を附与したものと解すのが相当であり、したがつて、右権限に基く委託建玉の処分は、委託契約に基く仲買人の債務の履行として行われるものではないというべきである。してみると、被控訴人が昭和三十二年五月二十八日まで買付建玉についての手仕舞い(売付処分)をしなかつたことに、被控訴人に買付受託契約上の債務の履行についての過失があるということを前提とする控訴人の主張は採用できない。
結論
してみると、控訴人は被控訴人に対して、前記認定の売買差損金と手数料との合計百十九万八千二百五十円のうち、被控訴人が自認している預託してあつた委託証拠金十六万円を弁済充当した残額百三万八千二百五十円、およびこれに対する手仕舞いの翌日である昭和三十二年五月二十九日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。
よつて、右の範囲内である被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。